言えなかったこと

 

 

12:45

改札のところで誰かを待っている風のおじさん

真っ白なスエットパーカーに

スキニーと呼ぶにはゆったりだけど

ストレートパンツと呼ぶにはピッタリしすぎな

真っ白なデニムのパンツ

パーカーのむねのところに

ホームアローン」の男の子の写真のプリント

パーカーもズボンも全然サイズ違いで

おじさんは誰かを待ってる風なのに

全然ワクワクしてなくて

胸元のプリントだけが楽しそう

全体的に悪い意味でアンバランスで

だらしがなかった

でも真っ白だった

全身真っ白だった

私は持っていたフィルムカメラ

彼の写真を撮りたかった

 

「写真撮らせていただけませんか」

 

言えなかった

 

 

 

12:57

梅田の阪急からJRに行くための橋

みんなが橋の上から

ヨドバシカメラの方を見下ろしていた

写真を撮っている人もいた

わたしは迷ったけれど

橋の端に寄ってみんなと同じように

下を覗いてみた

みんなが何を見ているのか全然わからなかった

そこにあるのはいつもと同じ

人が多いヨドバシカメラ

 

「なに見てるの?」

 

聞けなかった

子供みたいなまっすぐさがなくなっていて

悲しくなった

 

 

 

13:01

まだ橋の上

若い女の子が落し物をした

真っ白な普通のマスク

おばちゃんが気づいて拾おうとしたけど

やめてしまった

 

「マスク落としましたよ」

 

言いたかった

マスク落としましたよ

って拾ったマスクを渡されたら

その人は

「ありがとうございます」

と言ってマスクを付けるのだろうか

私なら付けないと思う

だって、

落ちたマスクつける人なんだって

思われるの嫌だし

一応「ありがとうございます」

って受け取られたマスクは

すぐに駅のゴミ箱にでも捨てられるのだろう

それでも

「マスク落としましたよ」

って言いたかった

 

 

言いたかったのに言えなかった言葉は

わたしの中をしばらく漂って

知らないままに何処かに行ってしまう

そのことをなぜだか悲しいと思う

言いたいのに言えなかった言葉

言わなかった言葉をあつめたら

とっても綺麗な色になるだろう。

 

言いたいことを言えるひとには全然なれない

 

 

 

 

blossom

冬は春に追いやられる。春。すぐに冷める缶コーヒー。無駄な甘さ。いちごを嬉しそうに食べる私たち。知りすぎることの恐怖。知らないことへの過剰な期待。暇。論破。春は知らない街のようで、ひとりぼっち。どこまでも行けるのにどこにも行けない季節。江戸時代の人は九州から東京まで歩いていたんだ。切った髪。襟足。うなじ。メンソールの煙草。淡い色の服は似合わないし着たくない。バカみたいな薄ピンクのチーク。本質とは美しくないもので、上っ面なものはそれよりも美しくない。嘘は美しいのに。

none

心がミゾミゾする気持ち。遅く来た思春期みたい。この感覚、おとなになったら懐かしく思い出すのだろう。優しい言葉を書きたい。

一歩ずつ春に向かうような季節。コンビニの店員さんの「おはようございまーす!」という明るい声にハッとした。

頑張りを披露する場があることはとてもいい。きっとわたしも褒められたいのよ。

綺麗で泣いてしまったんだ。なんて美しいことなんだろう。

死への恐怖も、死にたいという感情も、生きたいという積極的な感情もないまま、ただ漂っている。

「愛してる」冬晴れの朝の澄んだ空気を。冷たくて真新しい感じがする。自転車に乗って駅に向かう間いいことを考える。

まっすぐな襟足。きちんとしている。安心する。きちんとしていることに安心するのは自信がないからだ。と思う。

このまま時間が止まればいいと思える瞬間が沢山ある人生を

 

turquoise

わたしは、物理的な意味で彼のことを追いかけてばかりいた。最後に会った夏の夜。とても暑い日だったはずなのにあの日の気温についての記憶はどこかに行ってしまった。

ヨーロッパみたいな石橋の柵に座って花火をしていた。わたしは線香花火がしたかったのに、彼はネズミ花火だとかロケット花火だとか、なんだか危なそうなものに夢中になっていた。

風が強くて線香花火花火は火がつきにくかった。

彼は、わたしが好きだった笑い方をしなくなっていて、悲しかった。でも一度だけその笑い方をしたよね。ばかにされてるみたいなのに、だめなわたしでも大丈夫と認めてくれるみたいな笑い方。

君といると何にもできなくなりそうで怖かった。

君に言われた「気持ち悪い」って言葉だけ今もずっと頭の中にある。気持ち悪いのは君だよって言えればよかったのかな。

わたしがアメスピを吸うのは、彼が美味しいって話していたから、どんな味か気になってしまったからだよ。

 

 

 

kosmos

風が冷たい秋の夜。三宮センター街。一口貰った煙草の味もあの日飲んだ甘すぎるカクテルの名前も忘れた。甘過ぎて飲めなくて、彼のジントニック(たしか)と交換した。うるさいところが苦手なわたし達は、端っこの机の下で手を繋いでいた。何を話したんだっけな。彼の手の感触だけ覚えてる。明け方、夜遊びをした日の朝は特別な空気感。自分たちだけ世界の時間から取り残された気分。手を繋いで駅まで歩いた。みんなといたのに気付いたら2人だった。膝の上で眠っていた彼の耳の手触り 覚えてるのはそのことばかり。

バレンタイン

チロルチョコでも、もらった男の子は嬉しそうな顔をする。女の子は、今日という日は!と意気込んでチョコ男の子にあげるのより特別な見た目と味のするチョコを食べる。彼にチョコレートを渡したかった。義理チョコだよって、言葉に泣きそうなほどの好きだよを詰め込む女の子。可愛いと思ってしまうね。安っぽくて甘すぎるチョコレートの味。それはたぶん本命のチョコレートより気持ちがこもったチロルチョコ

コートのポケットにビターチョコレートの入った美しくて小さい缶が入っている安心感。